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第14回特集:江戸時代の養老と介護 Part2

江戸時代の養老と介護

遥か昔の江戸時代、日本では年老いた人たちのケアをどのように行っていたのでしょうか? 介護保険や専門施設などもない時代、介護の現場は「家」であり、介護の主役は「家族」でした。幕府・各藩の政策や褒賞制度などで厚く保障された江戸時代の養老・介護の歴史を紹介します。

介護と看取りは家長の役割

現在のように介護関連の施設などない江戸時代。年老いた親を介護するまたは看取る場所は決まって自宅でした。そんな中、介護と看取りを担うのは主に家長つまり男性の役目でした。介護は一家の嫁が担うことが常識だった現代と比較すると、介護を一家の問題として大きくとらえ、家族総出で先人をいたわる不文律が浸透していたようにも映ります。

これは武士の世界でも同じで、「看病 ことわり 」と呼ばれる、両親の介護が必要になったときに公務を免除される制度が取られていました。いわば「介護休暇」の先駆けです。もともと参勤交代などで家を離れる期間の長かった士分にとって、この看病断は極めて寛大な幕府の措置だったとも言えます。

江戸時代の介護の礎となった『養生訓』

実際に介護にあたる者の手引書として、さまざまな教訓を説いた貝原益軒の著作『養生訓』(1713年発行)が注目を集めました。益軒は筑前国(現福岡)・黒田家の下級武士の家に生まれた藩士で、自らが病弱だったゆえ、健康には人一倍気を遣い医薬や体質改善にも精通していたため、84歳という長寿を全うしました。その自らの体験を基にしたこの書物には、健康に生きていく上で大切なこと、心がけるべきことなどがつまびらかに記されています。後に養生・介護に悩む人たちの間でバイブルとなり、平成となった今も現代文に翻訳され出版されるほどのロングセラーになっています。

貝原益軒
養生訓

貝原益軒(1630~1714)と『養生訓』表紙。全8巻に及ぶ大作で、益軒が80歳を過ぎたころに発行された。具体的な介護については第8巻「養老」の項にまとめられている。

・『養生訓』の全巻とその内容

第1巻 総論上 第5巻 五官、二便、洗浴
第2巻 総論下 第6巻 慎病、択医
第3巻 飲食上 第7巻 用薬
第4巻 飲食下、飲酒、飲茶、慎色欲 第8巻 養老、育幼、鍼、灸法

ヘルパーの元祖! 第三者による介護の始まり

貧富の差が浮き彫りになった介護事情

家族介護を原則としながらも、経済力のある武家や商家では、家来や外部の使用人を雇い介護にあたらせる例も見られました。熱心な人は、実の家族以上に手厚く老人をいたわり、全力で当家のためにと介護していました。そういった献身が評価され、善行褒賞を下賜される例も出てきました。

一方で使用人を雇えない庶民の間では、長引く介護体制は家計を圧迫する大きな要因になりました。介護者が家族である(夫婦および子どもがいる)場合、仕事や家事と介護の両立は家族で分担することができましたが、単身者は日々仕事と介護を両立しなければならず、周囲との付き合いや縁談もないまま年を取っていくというさみしい人生を送った人もいたようです。このように介護に腐心し続けた庶民にとっての善行褒賞とは、生きていく上でのセーフティーネットそのものだったと言えるでしょう。

助け合いの精神は不滅。江戸長屋人情物語

しかし子1人でも介護する人がいるだけまだマシかもしれません。家族や身寄りのないお年寄りは江戸時代でもたくさんいました。今で言う独居老人をどのように支えていたのでしょうか?

多くの独居老人を抱えていた江戸では、幕府の政策である「五人組(※)」による生活援助や家族探し、寺院による身元引き受けなどでカバーされ、前頁で紹介した徳川吉宗の命で建設された小石川養生所(※)などの社会インフラが弱者救済に着手するようになりました。

しかし長屋(今で言うアパート)暮らしの人が多かった江戸では、その家屋内の結びつきで介護を受けていた例もあったようです。1797年に103歳で高齢者褒賞を受賞した麻布田島町(現港区)に住む長右衛門には同居家族がいませんでしたが、家主の六左衛門と同じ長屋に住む取上婆のよしの2人が長右衛門の日々の暮らしを支えていました。なおこの2人も同時に善行褒賞を受賞しています。

※五人組…幕府により命ぜられた隣保制度。近隣5件を1組織とし、犯罪の取り締まりや相互扶助を目的とした。

※小石川養成所…小石川薬園(現文京区)内に設けられた、庶民を対象とした医療施設。単身者や低所得者などの社会的弱者を収容、治療にあたった。

幕末戦隊ゴニンジャー

『養生訓』の第1章は天地、両親への畏敬の念から始まっており、全章を通じてあらゆるものへの畏敬の念が記されています。この価値観は江戸時代に生きる人々にとってごく当たり前のものであり、それゆえ自分を生んでくれた両親への感謝を態度で示すことは当然のことだったと言えます。介護がビジネスとしての道を歩み始め、外部へ委託するサービス事業として定着しつつある現代だからこそ、江戸時代の人たちが大切にしていた「家族の絆」という原点に立ち返る時間も、今の私たちに必要なのかもしれません。

文/大西啓介 イラスト/渡辺貴博
参考文献/『江戸時代の老いと看取り』柳谷慶子著、山川出版社。『第38回特別展 健康長寿への心得‐江戸時代の養生と介護‐』さいたま市立博物館編 ほか