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第17回特集:スペシャルインタビュー

神部冬馬さん

歌手として、またラジオのパーソナリティとして幅広く活躍される神部冬馬さん。20代のころは主立った目標もなくマイペースな活動をしていたそうですが、音楽プロデューサーだった父和夫さんの死をきっかけに本格的にミュージシャンの道を歩むことを決意しました。長年にわたる父の看病を経て気づいた家族の絆と周囲への感謝の気持ち。そして神部さんの活動の源泉となっている“頑張る”ことの大切さ、難しさなどお話しを伺いました。

Profile:

1978年東京都生。父は音楽プロデューサーの神部和夫、母はシンガーソングライターのイルカという音楽一家に生まれる。2007年より本格的に音楽活動を始め、翌年アルバム『小さき者』でデビュー。2009年にはJリーグ・ヴァンフォーレ甲府の公認応援歌を制作。以降音楽活動以外にもラジオのパーソナリティ、テレビ、舞台など活躍の幅を広げる。2010年やまなし大使(山梨県公認)に就任。

真剣に音楽と向き合う。父が旅立つその瞬間、遺志を受け取った気がしたんです

――お父さま(故・神部和夫さん)の闘病生活が長かったとお聞きしていますが、神部さん自身も多感な時期だったのではないでしょうか?


父がパーキンソン病とわかったとき僕はまだ中学生で、大学に入学するまでの5年間は自宅で療養していましたが、その後症状が悪化し入院するようになりました。最終的に闘病生活は10年にわたりその間家族も付きっきりでした。


 僕は一人っ子なのですが、母はミュージシャンで多忙だったこともあり、土日は必ず僕が家にいなくてはいけないような状況でした。部活動は制限しなければならず、友だちが遊びに行っているのに僕だけ自由に活動できなくて辛かったですね。当時学校にポケットベルを持っていくことは禁止されていたのですが、急に母や病院から呼び出されることもあったので僕だけ特別に許可してもらっていたんです。いつポケベルが鳴るのかと常にヒヤヒヤしながら授業を受けていました。

――闘病生活を振り返って感じたこと、気づいたことなどありますか?


父は病気するまでは家に不在のことが多く、正直小さいころあまり接してもらった記憶がないんですよ。在宅療養するようになって皮肉にも一緒にいる時間が増えたんだなあと。そこで母がいないときに2人でできることを探したんですね。一緒に夕飯を作って食べて一緒にゲームして…… そんなことをやって過ごしていた時期が長かった。僕がもう少し大人だったら一緒にお酒を飲みに行けたのですが、そこができなかったのがちょっと心残りです。


 父は食べることが好きだったのですが、病状が悪化してくると飲み込む動作が難しくなりついには食べることもできなくなりました。意思疎通も日々難しくなっていったのですが、それでも死を迎える直前まで不思議なことに音楽を聴くことはできたんですよ。お見舞いに行くとイヤホンを付けた父が楽しそうに音楽を聴いているんです。その姿を見て父は本当に音楽が好きなんだなってことに気づいたんです。

――本腰を入れて音楽の道を進むようになったのはそこからだと

公園でのカット

父は病気で音楽をあきらめなくてはいけなかった。やりたいことがあってもできない人がいるのに、今までダラダラしてきた自分がすごく恥ずかしく父に申し訳ないという気持ちになりました。父の後を継ぐじゃないですけど、父が旅立つその瞬間に遺志を受け取った気がしたんです。


 ……介護しているときは気づかないものなんですね。昔あんなことをしてもらったなとかこんな思い出があったなとか、失くしてようやく気づくものってあるんです。死ぬ間際に医者から「手をつないであげてください」と言われて久々に父の手を握ったんです。すると小さいころに手をつないでいた感覚をグワーっと思い出すんですよ。手は細くなっても骨格は全然変わっていなかった。この懐かしい感覚というのは自分の中では本当に不思議な経験でした。

音楽のみならず舞台へと活躍の場を広げた2013年

――音楽活動以外でも、認知症をテーマにした舞台(※)で社会福祉士役を演じていますね


2013年に下北沢で行われた舞台に僕の知人が出演することになったので、彼に頼んでオーディションを受けさせてもらいました。そこで与えられた役が介護福祉士だったんです。


 物語の内容としては、大家族の家のおじいちゃんが認知症になってしまい、年月が経つうちに家族の中で湧き起こる葛藤などをリアルに描いた作品です。最初はコメディーなんですけどだんだんシリアスになっていくんですよ。


 父の介護を経験して思ったことなのですが、介護する人って心の中で「お礼を言ってほしい」という気持ちがあると思うんですよね。劇の中で孫がおじいちゃんにチョッキをプレゼントするシーンがあるのですが、はじめは「こんなの要らん!」と言って投げ捨ててしまうんですが、物語のクライマックスではおじいちゃんが着てくれるんです。介護される側からしたら感謝の気持ちを表すのは本当に難しいことだと思います。でもその人のためにしてあげたことはちゃんと伝わっているのかもしれない。そんな思いを舞台では一番表現したかったんです。

※『明るい介護ファミリーモリモリ父ちゃん』…2013年11月11~13日に「しもきた空間リバティ」(東京都世田谷区)にて公演。作・演出/山添ヒロユキ、舞台監督/猪俣正隆。公演には福祉・介護関係者の来場が多く見られた。

ギター1本あればどこへでも行けるし、どこでも歌える

――近年は山梨県での活動に注力されています。神部さんと山梨との出会い、またその魅力とは何でしょうか?


Jリーグのヴァンフォーレ甲府のファンなので、スタジアムに足を運ぶうちに色々な出会いがあって、少しずつ仲間にしてもらっている感じでしょうか。あと小さいころよく家族で山中湖に遊びに来ていたので少なからずそういった縁もあるのかと思います。甲府は山に囲まれた盆地なので、よそ者に厳しそうに見えるかもしれませんがまったく逆で、一旦仲間にしてもらえれば本当家族のように温かく迎え入れてくれるんです。僕は生まれも育ちもずっと東京なので都会では味わうことのできない人と人との密な関係だったり、ぬくもりみたいなものをすごく感じます。大体週に3日くらいは来ていますね。

――かなりの頻度で行かれているようですが、福祉施設への慰問や演奏活動も積極的に行っていますね

施設での公演

福祉施設での演奏活動。 年代的にも昔なつかしのフォークソングが喜ばれるとか


よくスタジアムで歌わせていただいているのですが、選手やチームのマスコットが県内の色々な場所へ慰問に訪れているので、最初はそれにご一緒させてもらう形でした。そこから今度は僕個人にオファーが来て今では県内の色々な施設で歌っています。大体一カ所に行くと「じゃあ今度ぜひウチにも来てください」と口コミで広がっていくんですよ。


 どうしても娯楽の少ない場所なので、皆さん本当に喜んでくださるんです。僕の音楽は弾き語りのスタイルなのでギター一本あればどこでもできますよ。オリジナルとカバーを混ぜながら演奏するのですが、60代以上の方が多い施設では『上を向いて歩こう』とか美空ひばりさんのカバーのウケがいいですね。


 最近では事前に訪問先の施設にどんな曲が聞きたいかアンケートを取ってそこから選曲するようにしています。

昨日の自分より少しでも頑張れているならば、それは進歩している証

――アーティストとして音楽を通じて伝えていきたいことなど抱負をお聞かせください


「頑張れ」という言葉ありますよね? 人に「頑張ってね」と言う前にまず自分が頑張っているのだろうか? と思うようにしているんです。言い換えれば「自分の実力以上のものを出せるように最善を尽くしなさい」ということなのですが、それってヘタしたら重荷になってしまう。でも自分が頑張っているのであれば相手にも「頑張って」と自信を持って言えるし相手も勇気づけられる。


 昨日の自分よりも今日の自分のほうが頑張っていると少しでも思えればこれは進歩していると思うんですよ。僕自身も去年の自分と比べて現在の自分はどうだろうと最近よく考えるようになって。ライバルは他人ではなく過去の自分。それを表現したいなと思って新しいアルバムに入る曲も1曲書きました。


 リスナーの皆さんに元気になっていただけるような音楽をずっと作っていきたいのですが、それをするには説得力のある言葉を選びたい。そのための努力をずっとしていきたいというのが目標ですね。

――最後に福祉・介護の現場で働く人たちへメッセージを

インタビューカット

家族の方々は介護者の皆さんに対してものすごく感謝をしていると思うし、皆さんも心の奥で感謝の言葉を口にしてほしいと思うんです。でも言葉で表現するのが得意な人もいれば苦手な人もいます。「ありがとう」を口に出そうと思っていてもつい言うタイミングを逃したり……


 神部家では今でも父が入院していた病院に年に一回あいさつに行き、ウチに来ていただいたヘルパーさんともいまだに交流があるんですよ。父が亡くなって約10年経ちますが、感謝の気持ちは時が経っても忘れていませんし、その気持ちがあるからこそお付き合いがここまで続いているのだと思います。被介護者の家族すべてが感謝の気持ちを伝えてくれることは難しいことかもしれませんが、絶対に皆さんへの感謝の気持ちはあるはずなんです。その事実を心に留めておいていただけるとうれしいですね。

夢見るくじら

●神部冬馬ニューミニアルバム『夢みるくじら』

2016年7月6日発売
8曲入り(カバー曲2曲含む)2,037円(税別)
全国のCDショップで予約受付中

インタビュー/大西啓介 撮影/木島茜 取材協力/宇津本直紀(BRIO MUSIC)