トップページ > 現場で使える!今昔百科事典 第2回

現場で使える!今昔百科事典

歴史、文化、流行などを今に紹介する「今昔百科事典」。現場で利用者たちとの共通の話題づくりに役立ててほしい

ー歌舞伎座ー

改修工事を終え、2013年4月にこけら落としとなった歌舞伎座。明治22年の創業以来、東京・銀座で伝統芸能の発信地として親しまれてきた歌舞伎座の歴史を振り返ります。

History

初代歌舞伎座

明治22年に竣工した初代歌舞伎座

震災や戦火を乗り越えて紡がれた歌舞伎座の歴史

初代歌舞伎座は、演劇改良運動を唱えていた福地源一郎の手により明治22年に開場しました。外観は洋風だが内装は和風。3階建てで客席の定員は1824名と当時の建物としてはたいへん大規模な劇場だったとのことです。

2代目は明治44年に竣工しましたが、漏電が原因で大正10年に焼失してしまいます。さらに追い打ちをかけるかのように関東大震災(大正12年)が起こり、再建に大きな時間を費やすこととなりました。3代目は耐震・耐火を考慮し鉄筋コンクリートを採用しましたが、第二次世界大戦の空襲でほぼ全壊してしまいます。

戦後、わずかに残った建物を利用し、4代目歌舞伎座の改修に乗り出しました。3代目をほぼ踏襲した造りでさらなる近代化を盛り込んだこの建物は、平成14年(2002年)に「登録有形文化財」に指定されました。4代目は老朽化による建て替えとなりましたが、歌舞伎座の歴史は、伝統芸能を根絶やすまいと情熱を注いだ人々の想いがあったからこそ、数々の困難を乗り越え現在まで紡がれてきたのでしょう

Keyword

5代目歌舞伎座

現在の歌舞伎座。背後には
地上29階建てのビルがそびえる

GINZA KABUKIZA

5代目歌舞伎座は、劇場の背後に地上29階、地下4階の高層ビルを併設する形で新しく生まれ変わりました。そして歌舞伎座とこのビルを併せた複合施設の名称は「GINZA KABUKIZA(ギンザ・カブキザ)」。運営に携わる松竹によると、名称をアルファベットにした理由は「銀座に位置する歌舞伎座が、日本のみに止まらず、世界に向けた日本文化の発信拠点となることへの決意の表れ」とのことです。またこの名称に添えられたキャッチコピーが「イザ、ギンザ、カブキザ」。なんとなく「セブンイレブン、いい気分」を彷彿とさせる響きですね(笑)。

「GINZA KABUKIZA」。新しく生まれ変わった歌舞伎座の新名称として浸透していくか、期待がかかります。

Trivia

神様の呪い!? 建て替え中に起こる相次ぐ不幸

今回の改修に要した期間は約3年。その間に大物歌舞伎役者が相次いでけがに見舞われたり亡くなったりしています。昨年末に中村勘三郎が、今年2月に市川團十郎が亡くなったことは記憶に新しいかと思います。実は前回の建て替え時にも同じようにスター役者が立て続けに亡くなっており、一部ファンの間では「建て替え時に不幸に見舞われる」というのがジンクスになっているようです。

また高層ビルについて、市川海老蔵は「劇場の後ろにあんな高い建物を建てては、芝居の神様が降りてこれない」と不満を漏らしたそうです。建て替えが終わった今も、神様に見放されず不幸が継続して起こらないよう願うばかりです。……そういえば海老蔵が西麻布のバーで暴行事件に巻き込まれたのも建て替え中の出来事でしたね(笑)。