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現場で使える!今昔百科事典

歴史、文化、流行などを今に紹介する「今昔百科事典」。現場で利用者たちとの共通の話題づくりに役立ててほしい

ー山手線ー

山手線写真

東京直下を走るJR山手線。「♪まあるい緑の山手線~」と家電量販店のCMであるように、ボディーカラーが現在の黄緑色になってから、今年の12月で50周年を迎えます。今回はそんな歴史ある山手線に触れてみます。

History

東京の中心であり続ける山手線

山手線の歴史を遡ると、最初に開通したのは赤羽―(池袋、新宿経由)―品川間で当時は貨物専用線でした。地図で見るとかなり遠回りですが、上野、新橋などのエリアは人口が密集しており、鉄道敷設が難しかったためこのようなルートになったようです。旅客営業を開始したのは1909年(明治42)。その後池袋―田端間を開通させ、従来の赤羽―池袋間を支線扱いにしました。その後敷設のための用地買収を無事に終え、田端―上野―新橋―品川が開通し、1925年(大正14)に現在の環状線になりました。

以降、山手線の駅を始発着する私鉄各線や地下鉄も順調に開業し、まさしく交通の要衝として、東京を代表する鉄道路線へと成長していきました。家を買ったり会社を構えたりする際、山手線域内にあるかどうかがステータスとされたり、また家賃や物価もそれにより値段が変わったりと、東京で暮らす人の、生活の一部のバロメーターになっていると言えるでしょう。

keyword

やまてせん? やまのてせん?

「山手線」の正しい読み方は「やまのてせん」です。ですがお年寄りと話すと「やまてせん」と発音する人は結構多いです。なぜ後者のような呼び方が広まったかというと、終戦直後、GHQの監視下に置かれた日本では路線名や駅名をローマ字併記する取り組みが行われましたが、もともと国鉄(現在のJR)職員間の通用語で「やまてせん」と呼ばれていたため「YAMATE」になり、この呼び方が一時的に広まったそうです。その後1971年(昭和46)に国鉄の路線名、駅名をローマ字併記することが徹底され、その際に正しい「YAMANOTE」を選んだため、現在ではこちらが一般的になっています。

山手線の名前の由来ですが、高低差のある土地では高台になっている地域を「山手(やまのて)」と呼ぶためこの名前が付けられました。理由はHistoryでも述べたとおり当初走っていた区間から来ています。また山手の対義語は「下町」になります。

Trivia

山手線101系電車

新宿駅に停車中の山手線101系電車。方向幕に「山手」の文字が確認できる(1963年)。
出典:モハユニ 電車のDATA_BOX

黄色い山手線が走っていた!

山手線では1950年代まで、茶色いボディーの半鋼製の車両が使われてきましたが、老朽化に伴い新性能の「101系電車」に置き替えられることになりました。今までの古臭い車両のイメージを一新すべく登場したこの車両は、斬新な黄色(カナリアンイエロー)一色に塗られていました。ところが加速性能がイマイチで、駅間の距離が短い山手線の運用には不向きでした。そこで101系を性能アップさせた「103系電車」が1963年(昭和38)に登場しました。この103系を現在の山手線の色である黄緑色にしたため、以降「黄緑色=山手線カラー」として定着していきました。

この101系電車は、現在でも秩父鉄道(埼玉県)で乗ることができます。しかし古い車両ゆえ老朽化が進んでおり、残念ながら今年度中での引退が決定しています(同社ホームページによる)。この「昔の山手線」に乗れるのは全国でも秩父鉄道しかないので、乗るなら今しかチャンスはありません。